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南北少年の高校生時代:挫折を味わった高校球児生活!!赤裸々な過去を暴露

 

南北少年の高校生時代

高校は地元の私立高校に進学。と言うのもリトルリーグでの実績や先輩の功績のおかげで、スポーツ推薦で入学することができたのだ!つまりテストなしで(形式上はテストを受ける)入学することができた。

もしも学力での入学を希望していたらおそらくは無理だったのではないだろうか?成績はいつも学年の中間くらいで良くもなく、悪くもなくと言う中途半端な成績。

数校からそんな推薦入学の話を頂き、なぜ地元の高校を選んだのかと言うと理由は単純明快で近いからだ。今にしてみればなんてアホな考えなんだろうと思うが、当時はそれで満足していた。

もちろんそれなりの強豪校だったので、甲子園も狙えるような高校だった。

もちろん推薦で入学するのは僕だけではない。僕らの学年は全員で40人くらいが野球部に入部した。そのうちの30名くらいが推薦入学だ。

天狗だった入学当時

野球部に入部してまずは体力テストをする。僕は先輩の助言もあり、中学生の時から、ウェイトトレーニングをしていた。推薦入学で勉強をしなくても良かったので、時間があったのでその時間を全てウェイトトレーニングに費やしていたのだ。

そんな僕の入学当時の体力テストは数字の上ではかなりの数値を叩き出した。特にバーベルを上げるテストでは130kgを上げることができて、学年で一番になった。

体力テストでの成績はよく初めは重宝されていたが、すぐにバケの皮が剥がれた。

と言うのも、ウェイトトレーニングのやり過ぎで、筋肉がつき過ぎてしまい遠投や短距離走での記録が中学生の時よりも劣っていたのだ。例えば遠投は中学生の時は100Mくらいは投げれたのに、高校では90Mくらいになっていた。

遠投で90Mと言われてもピンと来ない方が多いと思います。ちなみに甲子園に出るような強豪校の野球部の遠投は100M超えて当たり前と言う感じです。強肩と呼ばれる人は120〜130Mの遠投をすることもできます。

50M走でも中学生の時は最短で6.8秒だったのが高校に入ってからは7.1秒くらいになっていた。これは遅くはないけど、特別早いと言うこともないと言う平均レベルのタイムだ。

練習試合にも出られない葛藤

自分で言うのもなんだが、同じ学年の野球部に比べて自分が劣っているようには思えなかった。が、練習試合にも出させてもらえなかった。小さな頃から覇気がないとか顔が眠そうとか言われるので、やる気がないように思われたのか、ほとんど試合に出させてもらうことはなかった。

自分の方が勝っていると思っているのに、使ってもらえないと言う苛立ちと言うか葛藤に、だんだんと練習にも身が入らなくなっていった。ラッキーだったとはいえ、小学生の頃からずっとレギュラーとして試合に出ていたし、それなりの成績も出していたのに、高校野球では試合に出られないどころかベンチにも入れない。

正直野球を始めて初めての屈辱だったし、挫折だった。その挫折をバネに努力して三年生の時にレギュラーになり、見事に甲子園に出場とはならなかった。現実はそんなに甘くない。

そんな腐りかけの僕がとった行動は野球部を辞めると言う選択肢だった。

流石に野球推薦で入学したので、野球部を辞める時は監督さんと、親と三者面談のようなものをした。リトルリーグとの繋がりもあるからか、一応引き止められはしたが、そこまで執拗に止められなかった。

つまり、そこまで期待されていないのだとその時悟った。

 

野球推薦で入った野球部を退部

学力テストでは到底入学できなかった私立高校に、野球推薦で入学したにも関わらず、野球部を退部した。高校二年の秋のことだ。僕らの学年で野球部に入部したのは約40人。当然辞めた人もいる。

体の怪我や故障で続けられなくて辞める者、

厳しい練習についてこれず辞める者、

先輩からのいじめられ辞める者、

家庭の事情で辞める者、

などなど僕が高校二年の秋に辞めるまでに10人程度が野球部を退部していた。一度野球部に所属して退部したものは、例外なく野球部とは距離をとって高校生活をしていた。例に漏れず僕も野球部を辞めてからは、野球部の人たちとは特に親しくすることもなく、高校生活を送った。

平日の放課後、土曜日・日曜日は野球浸けと言う生活を10歳から17歳までの7年間続けてきたのに、急にやることがなくなった。野球をやらなくなった僕は時間がたくさんできた。だからといって世界が大きく変わることはなかった。

ただつるむ友人が変わった。同じく途中で野球部を辞めた奴と仲良くなったり、その友達が仲良くしている奴と仲良くなって遊ぶようになった。結局は放課後にゲームをしたり麻雀をしたりという生活になった。

あとはバイトも始めた。校則では確かバイトは禁止されていたが、時間ができたので初めてのバイトと言うのをしてみた。それが握り寿司を配達するというものだった。原付の免許があればできるし、田舎の割には時給がよく当時で860円だった。時給がよかったのが一番の理由だ。

初めてのバイトはとても刺激的だった、全く知らない年上の人と一緒に仕事をしたり話をしたりととても楽しかった。ずっと野球づけだった今までの生活では会えないような人たちばかりで楽しかった。

進路に悩む高校三年生の南北少年

高校二年の秋に野球部を辞め三年生になった。特に目標もやりたいこともなく、ただ淡々と高校生活を過ごしていたが、当然進路の話になった。高校が進学高だったので、ほとんどの生徒が大学に進学するような高校だった。

しかし、なんとなく大学には行きたくなかった。また四年も勉強するのかと思うと、とても行きたいとは思わなかった。かといって就職する気にもならなかったので、専門学校という選択肢にたどり着いた。

しかし、小学生の頃から野球しかしていなかった南北少年は世間知らずで世の中にどんな職業があるのかというのもよくわからず、単純に料理ができたらモテるかなと思って調理師学校で調理師免許を取ることにした。

つまり、調理師の専門学校に進路を進めることにした。専門学校なのでまたもやテストなしで入学できる。正確にはあったかもしれないがあまり記憶にない。

そんな不純な動機で調理師学校に入学することになった。

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